織姫のときめきハイスクール

 

 

 第1回

「ときを

めくる

少女」

 

 

 池袋の商店街に通う乙女たちが、今日もSDキャラのような無垢な笑顔で、

背の高いアーケードをくぐり抜けていく。

 汚れだらけの心身を包むのは、思い思いの制服(または体操着まれにスク水)。

 私立さざなみ学園。

ここは、ときめきの園。

 

 

 と、そこまで読んだところで七夕織姫(たなばた・おりひめ)は本を閉じた。

「やっぱりあれよね。必要なのは“萌え”よね」

 この子の発言は、いつも唐突だ。

 

 休み時間になると、織姫はさっそくクラスメイトに聞いてみた。

「この学園には、ときめきが足りないわ!ねぇ麗ちゃん、そうは思わないかしら?」

「ときめき?どうしたのいきなり?」

「遥さんもそう思うでしょ!」

「と、言われてもね…」

 副委員長の楓遥(かえで・はるか)と、副副委員長の藤本麗(ふじもと・れい)の二人は、

困った様子で顔を見合わせた。

二人とも、織姫とそれなりにつきあいの長い女友達だけど、

織姫が唐突なのにはいつも困らされている。

 

 周りが若干引き気味なのにもかかわらず、織姫は言葉を続ける。

「もう〜、ちょっと!みんなこの学校の名前知ってるの!私立ときめき学園よ!」

「ちがいますがな!!」

 思わず突っ込みを入れるのは、関西のソフモヒ代表・神楽坂純一(かぐらざか・じゅんいち)。

 織姫たちの話を横で聞いてて、どうしても突っ込みたくなってしまったようだ。

 

「じゃあ、ドキドキ学園? …ってそれお菓子じゃん!」

「うわ、織姫さんが元ネタ不明のボケやって自分で解説してる!!痛い!痛すぎるっ!」

「あはは!」

 織姫の難しいボケにも見事な突っ込みで返し、教室は笑いに包まれたが、織姫は不愉快だ。

「うりゅ〜、今笑ったなぁ〜!」

 織姫の次のターゲットは男子たちに向けられたようだ。

 

「ちょっとあなたたち!男の子なんだから萌え要素の一つでも語ってみなさい!

どうせ男同士で集まって好きなゲームキャラ(女限定)の話でもしてたんでしょ?」

「そんな話はしてないよ、僕たちは普通の話を…」

「嘘だッ! 男子高校生が休み時間に集まって話すことといったら、萌えトーク以外にないでしょ!」

「そんな気持ち悪すぎる男子高校生は、織姫さんの脳内にしかいませんよ!」

 

「だいたい、ときめきだなんて言われても…」

 話を振られたわけでもないのにモヒカンの少年、神楽坂純一は困った顔をした。

「答えられないならいいわ、石田くん!」

「え、あ、はいっ!」

「ときめきと言えば何!?」

「えーっと、『中山美穂のトキメキハイスクール(注1)』かな。あはは…」

 石田雨竜(いしだ・うりゅう)は冷や汗をかきつつ答える。

レトロゲーマーが多いこのクラスでは、知ってる人がけっこういる模様。

 

(注1)

 ギャルゲーというジャンルが確立するはるか昔、

任天堂ディスクシステムで発売されたアドベンチャーゲーム。

当時人気アイドルの中山美穂(ミポリン)を起用した。

 

「それよ!それだわ!!」

 織姫は何かのインスピレーションを得たっぽい。

 

「ナイスたとえだわ!お礼にもみあげあげちゃう!」

「ありがとうこれが欲しかったんだよね…っていらないよ!」

 石田のぼやきを無視し、織姫は恍惚とした表情で語る。

「つまり、この学園にも、正体を隠して普通に学校生活を送っているアイドルがいるかもしれないってことね!」

「それは、あまりにも…」

「いるわけねー」

「そういえば、声優が何人か学園に来るって言う話だったけど、聞かないなあ」

「絶対に見つけてみせるわ!そして人気声優アイドルとの恋…ムフフ…ウフフ…ヒヒヒ」

 織姫は何かを妄想してる模様。

 

「姫必死だな」

「嫌な予感が…」

「姫が壊れた」

「いつものことね」

 楓以下周囲のクラスメイトたちは、ただ見守るばかり。

 

「姫、しっかりしなさい!!とうっ!」

「ぶべらっ!」

 麗のドロップキックを受けて、教壇に激しく激突する織姫。

「あいたた…さて、あなたたちの誰が正体を隠した有名人なのかしら?」

 織姫は純一、雨竜、その他クラスメイトたちを見回す。やっぱり治ってない。

 

「神楽坂くん!雨竜くん!あなたたち、正体は芸能人ね!!」

「な、なんだってー!」

 これは衝撃の事実だ。

「どういう理由ですか!?」

「わたしの推理に間違いはないわ。神楽坂純一くん、石田雨竜くん、

あなたたちの名前と苗字をとれば、『石田+純一』になる!すなわち、不倫は文化よ!!」

「えーっ!」

「そうだったんだ…」

「…なわけないって」

「すごく、強引な推理ね…」

 

「違った?まあいいわ。当たっていようが当たっていまいが、石田純一には興味ないし」

「うわ、何気にひどいことを…」

 

「じゃあ、誰が芸能人なのよ!名乗りでなさいよ!!」

「姫、もしいたとしても、自分から正体をばらしたりはしないだろ」

「むっ、だったらいいわ。こっちから調べてやるから」

 ロッカーから着替えやコスプレ用具を取り出して変身する。

 

「こうなったらORI姫の霊能力で、見つけ出してみせる!!」

 ORI姫とは有名な占い師RIKA姫に対抗して織姫が名乗った別名であり、恋愛相談や占いが得意らしい。

こっちは本物とちがって100%インチキ+悪徳商法ではあるが。

「エロイムエッサイム〜エロイムエッサイム〜我は求め訴えたり!」

 水晶がないので、ガラス戸にむかって呪文を唱えるORI姫の姿は間抜けそのもの。

 

「出たわ!!」

「ほう」

「風林火山(ふうりん・かざん)くん!あなた、武田信玄ね!!」

 

「………ざわ…………!!」

「……ざわ……………!!」

「……………ざわ……!!」

 教室内に、激しい動揺がかけめぐる。

 

「はやきこと風のごとく、動かざること山のごとく、侵略すること火のごとく、カレーなることハヤシのごとく、だっけ」

「なんかもうむちゃくちゃなたとえになってるぞ」

「歴史上の人物だし、もう死んでますがな」

「いくらなんでも僕の名前が風林火山だからって…」

 

「じゃあいったい、どこにいるのよ!いいわ、学校中くまなく探しまわってくる!」

 織姫はドタドタと大きな足音を立てていってしまった。

 

嵐の過ぎた教室につかの間の平和が訪れた。

「姫、教室の外に探しに出かけちゃったね」

「まったく、姫さんの暴走にも困ったもんだ」

「だいじょうぶかしら…何か問題を起こさないといいけど」

「遥ちゃん、問題ってどんな?」

「怪しいとにらんだ生徒に、とことん付きまとうとか」

「あー、姫さんなら“月野うさぎ”ちゃんに、セーラームーンカルトクイズ100問とかやりそうですよ」

「うは、ありそう…」

「そういう意味だと、僕もやばいかも…」

「雨竜が?どうして?」

「姫が気つくのも時間の問題かも…」

 と、石田雨竜(いしだ・うりゅう)は読んでいた週刊少年漫画雑誌を机の中に隠した。

 

「このままだと、確かにやばそうね」

「どうします?」

「いい方法があるわ、誰か偽の有名人になりすまして、姫をおびきだしちゃうのよ」

 麗の手には化粧道具+着替え衣装が握られている。

「でも、いったいだれが?」

 

「お〜諸君、元気でやってるか〜、オレ様がいなくてさびしかったろう?」

 ちょうどそこに教室に入ってきたのは、くせっ毛の目立つ少年、天城夏樹(あまぎ・なつき)である。

「ちょうどいいところにカモが」

「へっ、オレ…?」

「まあちょっと協力してくれ、これもわがクラスのためだ」

 

「……じわ………………!!」

「…………じわ…………!!」

「………………じわ……!!」

 

 夏樹の周囲をじわじわとクラスメイトの男子たちが取り囲んでいき、押さえつける。

「ちょ、待てよ…いったい何を、ってか麗、その手に持ってるのは何だ?」

 

 

「や、やめ…、ぎゃあああ〜〜〜」

 

 

 数分後、無理やり女子用スクール水着を着させられ、教室のすみでうずくまってる夏樹がいた。

「これでさ、夏樹の正体はレースクイーン岡本夏生でしたっていうオチはどうだろう?」

「いや〜、さすがにそれじゃ織姫は満足しないでしょ」

「だよねぇ。失敗かな」

「ちょ、失敗って!お前らひどすぎ!!」

 夏樹はすぐに着替えなおして(っていうか水着の中に制服を着ていた)、みんなに聞いた。

「なにかあったん?」

 

 

「…というわけなのよ」

と、麗から説明を聞いた夏樹は無意味にキザポーズを取って立ち上がった。

「まあ、オレにまかせておけよ」

「おお…すごい」

「さすが、織姫ちゃんのことが好きなだけあるね!」

「おい、絶対にちがう!!」

「まあまあ、そんなにムキになって否定しなくても」

「だからちがうって言ってるだろーーーー!!」

 

 

 そうこうするうちに、織姫が教室に戻ってきた。

「見つからないなぁ。遠野家メイド姉妹に月姫カルトクイズ100問しようかと思ったけど全然聞いてないみたいだし…」

「おーい、織姫」

「あら、なちゅきじゃないの。はぁ、なちゅきは、どう見ても違うわよねぇ」

「なちゅきって呼ぶんじゃねぇ!ってそれはともかくこんな伝説を知ってるか?」

「伝説?」

「この学校のどこかに7つのときめきハートがあり、すべて集めたとき萌竜(ファンロン)が現れて、

どんな願いでもかなえてくれるそうだ」

「そうなの!?それは世界でいちばんイカしたドラマじゃない?」

 さ・が・そ・う・ぜ♪、とノリノリで歌いながら織姫はさっさと教室を出て行った。

 

「姫、あっさりだまされて行っちゃったね」

「さすが姫の彼氏をやってることはあるわね」

「まあね…、って違うっつーの!!」

 

 そんなことを言ってると、急に空が真っ暗くなる。

 

「あれ、停電?」

「いやいや暗くなったのは外だから」

「なんか、雷とかすごい鳴ってるね」

 窓から身を乗り出して外を見ていた麗が大きな声を上げる。

「あそこ!伝説の樹のところに、でっかい竜みたいなのがいる!」

「ええっ!マジかよ」

 

「織姫のやつ、もう集めやがったのか!?」

「え!さっきの話って本当だったの!?」

「いやあ、まさか本当だったとは…」

「学校の敷地内だけで7つ集まるんだったら、すぐそろっちゃうじゃねーか!!」

 

「………ざわ…………!!」

「……ざわ……………!!」

「……………ざわ……!!」

 

 クラスメイトがざわつくなか、楓副委員長だけは落ち着いていた。

「姫も、授業や部活もそのくらい頑張ればいいのにね」

「遥ちゃん…ってそうじゃなくて!」

「織姫が願いをかなえちゃったら、この学園はメチャクチャになっちゃうわよ!」

 

「確かに姫さんなら、女子生徒を全員メイドにするとか妹にするとか委員長にするとかやりかねませんな」

「眼鏡とかネコ耳とかならまだしもね」

 早く織姫を止めにいかないと、と男子数名が教室を飛び出していく。

 

「こうなったらアレだな。織姫が願いを言う前に割りこんじゃおうぜ」

「夏樹にしてはいいアイデアだね」

「授業料未納で休学している人たちが帰ってきますように、っていう願いはどうだろう?」

「ちょ、リアルすぎッ!」

 

「しかし織姫さんの性格だと…たぶんあの願いをいうだろうなあ」

 伝説の樹に向かって走りながら、純一はぼんやりとそんなことを思った。

 そしてそれは予想通りだった。

 

 萌竜―ファンロン―「さあ、願いを言え。どんな願いでも一つだけかなえてやろう」

 

 織姫は何の迷いもなく叫ぶ

「ギャルの****おくれ―――――――――っって伏せ字かよ!!」

 

 織姫の頭の上に****がモザイクがかかった状態で落ちてくる。

「これは…もみあげ?」

 まさしくもみあげだった。

「おい!伏字でわかんなかったからって4文字ならなんでもいいのかよ!

いくらなんでももみあげはねーだろ!!」

 

「願いはかなえた。ではさらばだ」

 萌竜は四散して校内にまた散らばって消えた。

「…消えやがった」

 

 すべてが終わって、I組のクラスメイトたちが伝説の樹にやってきた。

 

「ときめきなんてそうそうあるわけないって、あきらめろよ」

「残念だったね、姫」

 落ち込んでるのかと思って麗が励ましてみると、織姫は肩を震わせて…笑った。

「ウフフ…フヒヒ…」

「姫がまた壊れた」

 

「わたしのときめきを求める旅は、まだ始まったばかりよ!」

「うは、懲りてねえ!」

「そこにときめきがあるかどうかは関係ない!わたしはこれからも、ずっとときめきを追い続けるわ!!」

 

「…そろそろ授業ね」

 困った表情のまま、楓副委員長はそろりとその場を離れる。

「あ、そうそう授業だった」

「僕も部活が…」

 そうやってクラスメイトは続々と退散していった。

 

「さあ、わたしたちの本当の戦いはこれからよ!!」

 織姫の戦いは、これからも続く…らしい。

「だって、私たちはこの長いときめき坂を登り始めたばかりだもんね!」

 

 

 

 

 未完

 

 ご愛読ありがとうございました。織姫先生の次回作にご期待ください。