第3話 悪の名はデュエルモンスター



 自分の家に帰ったユウキは部屋のベッドに寝転がると、
 黒宮サキから取り返した<セラの天使>を飽きることなく眺めていた。
「<セラの天使>が戻ってきてくれて、ホントによかった」
 心なしか、カードに描かれた天使のイラストも嬉しそうに見える。
「じゃあ、デッキに戻しておこう」
 ユウキはスターデッキのケースを開け、天使のカードをその中に収めた。
 すると、デッキからまぶしい光が放たれる。
『クリーチャーの契約を開始します』
 デッキがひとりでに宙に浮き上がり、女性の声でそう言った。
「な、何が起こってるんだ!」
 ユウキはデッキに起こった変化を呆然と見つめていた。
『契約完了、<セラの天使>をあなたの契約クリーチャーとします』
 光が収束し、今度は光が魔方陣を描く。
 そしてそこからにゅっと白い手が伸びてくる。
「うわあっ!」
 手の次には金色の髪をした少女の顔が現れた。
「ユウキさま!」
 少女はついに全身の姿をあらわすと、ユウキに飛びついてきた。
「ユウキさま!わたくし、このときをどれほど待ちわびたことか…」
「え、ええっ!?」
 少女はユウキに抱きついたまま頬をすりよせてくる。
「き、君はいったい……?」
「あ、はいっ、申し遅れました」
 あわててユウキから離れた少女は、くるっと回ってポーズをつけてみせる。
 コスプレのような安っぽい鎧と、白く小さな翼。
 その姿はそう、まるで…
「わたくし、ユウキさまのスターデッキの契約クリーチャーになりました、
 <セラの天使>です!セーラとお呼びください!!」

「な、なんだって〜〜〜〜〜〜!!」



「そういえば、黒宮さんも黒騎士を連れていたっけ…」
 思い起こせば、デュエルスターにはクリーチャーを現実に召喚することも
 可能であるという話だった。
 しかしそうかといって、目の前にいる天使の存在を受け入れられるものだろうか。
「でも、イラストの<セラの天使>とは、ちょっと違うような…」
 イラストに描かれている天使はもっと大人っぽく、凛とした表情をしている。
 しかし目の前にいる少女はというと、ユウキよりも頭ひとつくらい背も小さく、
 体つきもしぐさも子どもっぽい感じがする。
「ユウキさま…こうして改めて見つめられると、わたくし、恥ずかしいです…」
 天使の白い頬が赤く染まっている。
「い、いや別にそんなつもりじゃ…」
「いいんです。わたくしはカードの中にいたときから、
ずっとユウキさまのことを想っていました。
 ユウキさまがわたくしを見つめるたびに、カードのなかのわたくしは
 どうしようもなく胸が高鳴って、今すぐにでも手を伸ばして
 ユウキさまの腕の中に飛び込んでいきたいと、いつも思っておりましたの」
「そ、そうだったんだ…」
 今度はユウキが赤面する番だった。
 ユウキはつらいことがあったり、デュエルで嫌な目にあったりすると、
<セラの天使>のカードを眺めて思い出に浸るのがクセだった。
 ユウキにマジックを教えてくれた小学校のクラスメイトとの、
 短かかった交流の日々は、ユウキにとって一番幸せな日々だったように思えた。
 別れの時に少女がくれたこの天使のカードを見ていると、
 ユウキはその時の気持ちを思い出し、悲しいことやつらいことを
 耐えることができたのである。
 しかし、やはり恥ずかしいものは恥ずかしい。
「ということは、ボクの声とかもずっと聞こえてたの…?」
「もちろんですわ!わたくしに向けられた数々の愛のお言葉、
 ぜんぶこのわたくしの胸の中に刻み込まれておりますわ!
 あぁ、ユウキさまの愛に応えることができないあのもどかしさ!でも今は違いますわ」
 天使は熱を帯びた目で、ユウキをまっすぐに見つめている。
「これからはずっと、わたくしがユウキさまをお守りいたしますわ!」
「あ、あはは…」
 恥ずかしさのあまりショック状態となったユウキは、
 口を半開きにして笑うしかなかった



 次の日、朝のテレビアニメを見つつ朝食をとったユウキは、
 セーラをともない外に出かけることにした。
「ユウキさま、いったいどこへ行かれるのですか?」
「スターデッキをくれたおじいさんのところ。デッキを返してくるんだ」
 セーラの方を見もせずに靴紐を結びながら答えるユウキ。
「え、そんな…待ってください!」
 さっさと出て行くユウキをセーラが追う。
「わたくしのことが、お嫌いになったのですか?」
「そういうわけじゃないんだけど…」
 早足で歩いていくユウキの横を、ふわふわと飛行しつつ天使がついていく。
 まあ現実にはありえなさげな光景であった。
 当然、周囲の目が向けられる。
「…何とかならないの?そのカッコは」
「さすがに…目立ってしまいますわね。それでは!エンジェルパワー・メイク・アップ!!」
 セーラの身体が光に包まれたかと思えば、次の瞬間には羽根は折りたたまれ、
 ユウキの通っている学校の制服姿へと変身を遂げた。
「どうですユウキさま、セーラのセーラー服姿は!?」
「まあ…なかなか、似合ってるんじゃない?」
「ありがとうございます!」
 セーラが抱きついてこようとするのを避けて、ユウキはまた歩き出す。
「あっ、ユウキさま、待ってください」



「チョーチョチョチョ!もうおしまいカニ?」
 その頃、市内某所のデュエルスペースでは大変なことが起こっていた。
 店内は暴徒が押しかけてきたかのように、荒らされている。
 壁のポスターは切り裂かれ、カードが陳列されたガラスケースも、
 粉々に砕かれている。
 床には客や店員が気絶して倒れており、
 小学生の客は恐怖のあまり泣き出して、部屋のすみで震えている。

 ただ1人、奇怪な笑い声を上げる男だけが、傷一つない姿で立っていた。
 その足元にすがりつくように、高校生くらいのデュエリストが倒れている。
「なぜ、こんなひどいことを…」
「オレは、マジックを仲良く遊んでいる奴らが大嫌いだカニ。
 この世界からマジックなんて滅んでしまえばいいカニ」
 語尾に『カニ』をつけるこのなぞの少年は、腰に星のマークの入ったデッキを
 身につけている。
 この男もまたデュエルスターなのか。

「相変わらずね、シザース」
 入り口の壊れたドアを蹴飛ばして、入ってきたのは黒宮サキと黒騎士だ。
「なんだ、お前カニ。この間の決着をつける気カニ?」
 シザースと呼ばれたこの男は右手をふらりと掲げた。
 なんと!この男の両腕は巨大なハサミになっているのだ。
 おそらくこの店を完膚なく破壊したのも、このハサミによるものだろう。
 ハサミはまだ獲物を求めるかのように、シャキシャキと威勢のいい音を発している。
「残念だけど、今日は戦う気分じゃないの」
 サキは店内の惨状を一目見て、シザースという男に嫌悪感を覚えずにはいられなかった。
 だが今ここでひるむわけにもいかない。サキはあくまでも冷酷なポーズを続けた。
「その代わり、いい話を持ってきたわ」
「何だカニ?」
「わたしたち以外にも、デュエルスターがこの街にいるわ。
 そいつの名前は新城ユウキ。あなたの嫌いなマジック大好き少年よ」
「それはほんとカニ?」
 シザースは両手のハサミを震わせて興奮していた。サキの予想通りである。
「しかも、まだその子はデュエルスターになり立てで、デッキも弱いし、
 クリーチャーとも契約していないわ」
「それはますます好都合カニ!今すぐ場所を教えてくれカニ!!」
 シザースの残忍な笑みを見て、サキは大いに満足げだ。
(見てなさい、新城ユウキ。デュエルスターの恐ろしさを味わうといいわ!)

「ところで、そこまで教えておいて、どうして自分で戦わないカニ?」
「え、そ、それは…」
 思いもかけない質問に内心冷や汗のサキ。
(言えない…昨日、そのなり立てのデュエルスターに負けたなんて…)
さすがにそれはあまりに恥ずかしい。
「わたしは、いちいちそんな弱い奴に関わっている暇はないわ」
 精一杯クールに決めた感じでサキは言った。
「そうか、ならオレに戦わせろカニ。
新城ユウキ、このオレのハサミでズタズタにしてやるカニ!チョーチョチョチョ!」
 シザースは単純なのか、それで納得したようだった。
 というより、とにかく戦いたいのだろう。

 デュエルスター・シザースが迫る!ユウキ危うし!!


「あれ〜この辺にあったはずなんだけどなあ…」
 ユウキは昨日の記憶を頼りに、なぞのカードショップ『GOKURAKU』を
 探していた。
「ねえ、本当に知らないの?」
「残念ですが、スターデッキにはナビ機能はないんです…」
 セーラが申し訳なさそうに言う。
 ユウキ自身も本当のところ、昨日はどうやってあそこへいったのか、
 ほとんど覚えていなかった。街の中を駆け回っているうちに、いつの間にか
 見知らぬ場所へ出ていた。そんな感じだった。
「ユウキさまは、どうしてスターデッキを返そうとするのですか?
 スターデッキがなくなれば、またわたくしはカードに逆戻りですわ。
 せっかくユウキさまにお会いできたのに…」

 セーラの言葉に、ユウキは足を止めてセーラに向き直った。
「ボクもセーラに会えてちょっとは嬉しかったけどさ、
 でも、ボクはデュエルスターになりたかったわけじゃないんだ」
「わたくしを取り返すために、やむを得ずデュエルスターになったんですわね」
 セーラはその時はまだカードであったが、記憶はある。
「黒宮さんと戦って分かったんだ。デュエルスター同士の戦いは、
 命を懸けたものなんだって。ライフが減れば、プレイヤーも痛いし、
 特殊能力を使うためには、精神力を消耗する。
 こんな危険なゲームがやりたくて、ボクはマジックを始めたわけじゃない。
 マジックはみんなで仲良く、楽しく遊ぶゲームなんだ。
 人を傷つけるような戦いは、ボクはしたくない…」
「ユウキさまはお優しいのですね。そんなユウキさまだからこそ、
 わたくしもお慕いしているのです。
 わたくしがカードに戻っても、ずっとずっとおそばに置いてください…」
「セーラ…」

 そこへ、ユウキのデュエリスト仲間が走ってくる。
「大変なんだ!家さぶにまた別なデュエルスターが来てるんだ!」
「何だって!?」
「今すぐ助けにいってくれよ!」
「でも、ボクは…」
 ユウキは星のマークのついたデッキケースを握り締め、悩んだ。
「ユウキさま、早く行きましょう!
 今、デュエルスペースの平和を守れるのはユウキさまお1人しかいないんです!」
 セーラも横で懇願している。
「……わかった。行こう!」


 コールドハウスでは、昨日おとといに続いて、緊迫したムードに包まれていた。
 両手ハサミの怪デュエリスト、デュエルスター・シザースが現れたためである。
「新城ユウキはまだ来ていないのカニか?、ならちょうどいい、
 お前たちでウォーミングアップでさせてもらうカニ」
 客たちはその異様ないでたちに恐れたが、ここで引き下がるわけにはいかなかった。
 この店はみんなのデュエルスペースであり、それを守るのが利用者の務めであるから。

「みんな、下がってろ。こいつはオレがやる!」
 太目の大柄な男が前に出た。いかにもガキ大将といった感じの頼りになりそうな男子だ。
「オレは強いレアカードをいっぱい持ってるんだ。
 ユウキなんかよりずっと強いんだぜ」
 どうやら金持ちでもあるらしい。
「チョーチョッチョッチョッ!お前からハサミの錆びにしてやるカニ」
 シザースはレアカードたくさんという言葉を聞いて、残忍な笑みを浮かべた。

 まあ、戦うといってもやっぱりマジックのカードゲームなんだが。
 二人は向かい合って席に座ると、お互いにデッキをテーブルに置いた。
 さて、マジックに限らずカードゲームのマナーとして、
 シャッフルのあとで、相手がイカサマをしていないかを確かめるために、
 山札を二つに割って上下を入れ替えるという行為を行う。
 これは、カットと呼ばれていて、“カードをきる”行為はシャッフルと呼ぶ。
 ちょっとこの辺はまぎらわしい。

「いくカニ!、シザース・カット!!」

 シザースの大バサミが相手のデッキに襲い掛かり、そのままざっくりと、
 デッキを真っ二つにする。
 もっと直接的に描写するならば、チョッキン!と文字通り本当にカードを切ったのだ。

「お、オレのカードが!」
 60枚組のデッキのカードすべてが、ざっくりと二つに切れていた。
 中には一枚何千円とするレアカードが、何枚も入っていたのだが、
 切れてしまっては何の価値もない。もうこのカードを使って遊ぶことも不可能である。
「チョーッチョッチョッチョ!そんなボロボロのカードじゃ、
 試合にならないカニ!お前の負けカニ!!」
「こ、このーッ!」
 怒りにかられたガキ大将が抗議しかけたが、その喉元に残忍な刃が突きつけられた。
「何か文句があるカニ?」
「くっ…」
 さすがのガキ大将も青ざめている。

「確かに、マジックのルールにはカットのときにカードを本当に切ってはいけないという
 決まりはない。残念ながらお前さんの負けだ…」
 審判役のおやっさんが悔しそうに告げた。
 対戦相手のデッキを試合開始前に真っ二つにし、文句をいう相手は暴力で黙らせる。
 フェアプレイの精神のかけらもない残酷なデュエルスター・シザース。
 このままコールドハウスのいたいけなデュエリストたちは蹂躙されてしまうのか?

「待ちなさい!」
 凛々しいというよりもむしろ可愛い声が、デュエルスペース内に響き渡った。
 店の入り口にセーラとユウキの姿があった。
「ユウキさま、あの方がデュエルスターですわ!気をつけてください」
「あのハサミはいったい…?っていうかデュエルスターって本当に人間なのか?」
 ユウキがあきれたように言う。
「ユウキさま、あの方はスターデッキの力に逆に支配されているのですわ!」
「何だって?」
「意思の弱い人がスターデッキを手にしてしまった場合、
 逆にデュエリスト本人がスターデッキに乗っ取られてしまうのです。
 あの腕は、契約したクリーチャーがデュエルスターの身体を侵食し始めている証拠です。
 このままでは肉体も精神も完全にクリーチャー化してしまいます。
 そうなればもはやデュエルスターではなく、デュエルモンスターとして、
 邪悪な意思のままに暴れ続けるでしょう」
 デュエルスター・シザースの両手はすでにハサミとなっていることは説明済みだが、
 まさかクリーチャー化による現象であったとは。
 スターデッキはこれほどまでに恐ろしい力を秘めているのか。

「デュエル…モンスター……元に戻すことはできないのか?」
「デュエルで戦って倒せば、元に戻せるかもしれません。
 でもデュエルモンスターとなったデュエルスターは、通常の数倍の力を持ってます。
 デュエルスターになったばかりのユウキさまでは、勝てるかどうか…」
「いや、ボクは戦う。あの人があのままクリーチャーになるのをほっとけないよ」
 ユウキはスターデッキを掲げた。
「セーラ、ボクといっしょに、戦ってくれ」
「はい、よろこんでお供いたしますわ!!」


「チョーチョッチョッチョ!貴様が新城ユウキだな。待ちくたびれたカニ」
「お前の狙いはボク1人のはずだ、みんなには手を出すな!」
 ユウキの毅然とした態度に、思わず会場から拍手が起こる。
「そうやって格好つけていられるのも今のうちだカニ!
 このハサミで、お前のデッキもズタズタに引き裂いてやるカニ!
 チョーチョッ…ごほっげほっ!!」

(やっぱり無理してたんだ…)
(普通、チョは出ないもんねえ…)

「勝負だ、シザース!!」
 ユウキがデッキを構えると、純白の羽毛がどこからともなく現れて風に舞った。
 天使の姿に戻ったセーラが、風によって作られた純白のロードを駆け抜けて
 デッキの中へ飛び込んでいく。
「デュエルスター・ユウキ!決闘開始します!」

「チョーチョッチョッチョ!クリーチャーと契約したか、
 だがそんなよわっちぃクリーチャーで、このオレのハサミには勝てないカニ!」
 シザースは鋭利なハサミを研いでみせる。
「デュエルスター・シザース!このハサミに切れぬものはないカニ」

「死ねぇ!シザース・カット!!」
 シザースのハサミがユウキのデッキを急襲する。
 だが、そのハサミはカードに触れる前にバリアに阻まれる。
「無駄だ、ボクのデッキには<秘宝の防御円>が入っている!」
 ユウキはさっきのシザースの戦いを見ていたので、シザースカットへの対策として、
デッキのカードを入れ替えていたのである。
「オレのシザースカットを破ったのはお前が初めてカニ。だがシザースカットだけが、
 オレの必殺技だと思ったら大間違いだカニ!」

 ともあれ、お互いに7枚のカードを手札にいれて普通どおりにデュエルは始まった。
「<白騎士>を召喚、そして<長弓兵>で攻撃!!」
「いくカニ、ディバイドコンボ!!」
 シザースは自らの手札を放り投げると、そのハサミでカードを一閃する。
「自分でカードを真っ二つにするなんて!!」
「このカードをよく見てみるカニ!!」
 何と、二つに分かれたカードはそれぞれ別々のカードに変わっているのである。

「カードが分裂した!!」
 ギャラリーから歓声が沸き起こる。
「いや、違う。あれは元は分割カードだ」
 おやっさんが冷静に解説する。
「分割カードというのは一枚のカードだが、中央に線があって、
 2枚ぶんのカードの情報が書き込まれているという特殊なカードだ。
 例えば<火/氷>というカードは
 赤の呪文である<火>と、青の呪文である<氷>の2つの効果が書かれていて、
 使うときはどちらか好きな方の効果を選ぶことができる。
 だが奴はその分割カードをハサミで切って文字通り分割することで、
 それぞれ独立した呪文カードとして使うことができるんだ!」
「ということは、シザースの手札は実質的には2倍…」

 マジックというゲームは手札の量で決まる。
 よくマジックの上級プレイヤーが言う言葉である。
 相手が1枚しかカードを持ってなくて、こっちは6枚も7枚も持ってたら
 どちらが有利なのかは明白である。
 そのため、マジックというゲームでは
 自分の手札を増やす呪文カードや、相手の手札を減らす呪文カードなどが
 一見地味に見えるのに一番重要だったりもするのである。

「<悪意/敵意>のカードを分割し、
 まず<悪意>で白騎士の召喚を打ち消してやるカニ。そして、<敵意>で
 長弓兵を破壊するカニ!」
「くっ…」
「チョーチョッチョッチョ!弱い、弱すぎるカニ!」

 その後もシザースのディバイドコンボは続き、ユウキは防戦一方に追い込まれた。
「ユウキさま!このままでは…」
「わかってる。もう少し我慢してくれ!」
 
(なんとか、あいつのハサミを封じないと…!)
 その時、ユウキはまたGOKURAKUの老人の言葉を思い出していた。

「強力なカードが持っていれば、相手はそのカードに対抗するために
 さらにより強力なカードを持ってくるじゃろう。
 そしてまた相手に対抗しようとまたその上のカードを持ってくる。
 そんなことを繰り返して、いったい何になる?
 それは血を吐きながら続ける、悲しいマラソンじゃよ…」

 まあ、特に関係はないけどな。
 こうしてあせっているユウキは、まるで蛇ににらまれた蛙のように身動き一つしない。
「蛇ににらまれた蛙……そうか!」
 ユウキは地の分から何かヒントをえたようである、っていいのかこんなことして。

「あいつが蛇で今のボクがカエルなら、ナメクジを出せばいい!!」
 ユウキが1枚のカードをキャストする。
 それは<ゴブリン爆弾>というエンチャント・カードであった。
 カードの説明をするとちょっと面倒だが、毎ターンコイントスをして、
 相手が5ターン連続で負けたら相手はそのゲームは負けとなるというものだ。
 確率的には32分の1だから、まず成功しない。
 一種のお遊びカードである。

「コイントスは、勝率が50%のものなら、他の行為で代用してもかまわない。
 ここは日本だ。だから日本で最もポピュラーなジャンケンで勝負しようじゃないか!」
「チョーチョッチョッチョ!望むところカニ!!」

 じゃんけん、ぽん!

「勝ったぞ」
「チョーチョッチョッチョ!1度勝ったくらいで浮かれるなカニ!」

 じゃんけん、ぽん!

「また勝ったぞ」
「チョーチョッチョッチョ!そんなまぐれもあるカニよ」

 じゃんけん、ぽん!

「やった、また勝った!」
「な、なぜだ。なぜ勝てないカニ…?!」
 シザースは己の両手を見てやっとその事実に気付いた。

「しまった。オレは、チョキしか出せなかったカニ!!」

 そう、シザースの最大の武器であるハサミは、まさに諸刃の剣だったのである。
「追い詰めたぞ。シザース!!」
「く、くそ…ち、ちくしょうっ!!このままではヤバイカニ…」

 シザースの脳裏に、暗い記憶がよみがえってきた。

「ねえ、ぼくもマジックに混ぜてよう」
「うるせえ、誰がお前みたいな弱い奴を相手にするもんか!」
「貧乏でカードも買えないような奴は、デュエルスペースから出て行け!」


「うぅ…ぐすん……ぼくだってみんなとマジックが遊びたいのに。
 どうしてみんなぼくのことを仲間はずれにするの?」
 幼き日のシザースは手に握ったボロボロのカードを見ながら泣いていた。
「こんなゲームがあるから、ぼくはみんなから仲間はずれにされるんだ!」
 シザースはカードを地面に投げ捨て踏みにじった。

 キ―――――――――――――――――――――――――――――――ン
「何、この音…?」
「マジックが憎いか?」
「だれ?」
 シザースの背後から男が声をかけてきた。夕日を背にしているので顔はよく見えない。
「お前にこのデッキを上げよう。このデッキの力を使って、
 これまでお前をバカにしてきた連中に目にもの見せてやれ
 そしてこの世から、マジックを遊ぶ連中を滅ぼしてやるんだ。いいね」
「うん、わかった。ぼくやるよ!」


 回想終わり。
「そうだ、オレはマジックが憎いカニ、マジックを楽しそうに遊ぶ連中が憎いカニ。
 マジックをこの世から滅ぼすまでは、オレは負けられないカニ…うおおお!!」
「何をする気だ!!」

「うおお、こんなハサミなど、もうオレには必要ないカニ!!」
 シザースは両手のハサミを使って、自らの手をそれぞれ切断する。

「何だと!!」
「シザース!!そんな無茶な!」
「いえ、ユウキさま。彼の様子を見てください」

 シザースの両手は切れてはいなかった。ハサミがなくなって、人間の手に戻っている。
 切り落としたハサミは、トカゲとハサミが融合したようなクリーチャーとなった。

「彼は、シザースは自らの意思でクリーチャーとの融合を解除したのです!!」

「オレはハサミを使えなくなったが、同時にじゃんけんもチョキ以外が出せる。
 これで条件は五分だ」
 クリーチャーと分離した途端、口調の「〜カニ」も取れている。
「よし、ここからは正々堂々と勝負だ!!」

 さて、ここからは地味なカードバトルが続いた。
「ハサミを使わなくても、結構強いんだね!」
「うるせえな」
「スターデッキの力を使わなくても、こんなに楽しいデュエルができるのに、
 君はどうして……」
「さっきからうるさいな、気が散るから黙っていろ」
 だがその言葉とは裏腹に、彼の心には新たな感情が目覚め始めていた。
 デュエルが楽しい、マジックを遊ぶことが楽しい。
 それはシザースの偽らざる感情だった。憎悪の対象でしかなかったはずのマジックを、
 今はこんなに楽しんでいる。
(マジックは、こんなに楽しいものだったのか…)
 シザースはいつも試合前に相手のデッキを切断してきたので、普通のデュエルなど
 ほとんどと言っていいほど経験したことがなかった。
 ある意味、新城ユウキとの戦いが始めての対戦だった。

「新城ユウキ!」
「えっ?」
 呼びかけられて、思わず手をとめるユウキ。
「オレは他人のデッキを無残に切り刻んで、相手が泣き叫ぶ姿を見るのが大好きだ!
 だが、こうして正々堂々と戦うのも悪くはないな!!」
「シザース……」

 そうしている間にも戦いは続く。双方ともに死力を出しつくし、
 ゲームは泥沼化、先に決定打となる強力なカードを引いた方が勝ちとなるような、
 そんな状況を迎えつつあった。

「おっ、このカードなら!」
 先にそういうカードを引いたのはユウキだった。
「くそっ、負けられるかよ!俺は勝ちたい!俺は勝つんだ!」
 初めて知った戦うことの喜び、それは同時に勝利への欲望でもある。
「させるか、やれっ!シーザー!!」
 シザースの命令に反応して、シザースの契約クリーチャー<シザーリザード>が、
 その刃でもってユウキの手札を切り裂く。
「うわっ!」
「あははは、これでそのカードは使えまい!オレの勝ちだ!」
「どうかな、よく見てみろ!」
 ユウキは真っ二つになったカードを表にして見せた。
 そう、そのカードは<火>と<氷>に分割していた!
「自分だけが分割カードを使っていると思ったら大間違いだ!!
これぞディバイドコンボ返し!!」
「何だとおっ!!」
 そう、まさに彼は得意にするハサミ攻撃により自らの首を絞めたのである。
「<火>と<氷>のダブル攻撃だっ!!」
「ぐわあああっ!」


 戦いは終わった。
「負けた……」
「シザース、もしも君がハサミを使わずに正々堂々と戦っていれば、
 君が勝っていたかもしれない」
「そうだったのか…オレは、このスターデッキの力に頼ってしまったばかりに……」
 ユウキはうなだれたシザースの肩に手を乗せた。
「スターデッキを使わなくても、マジックを楽しく遊ぶことはできる。
 君はハサミを使わなくたって、じゅうぶんに強い」
「俺は、スターデッキの強さに自分を見失っていた。勝つことや、相手を倒すこと
 ばかり考えているうちに、実際のゲームを楽しむ気持ちを忘れていたんだ」
 シザースはもとに戻った両手でユウキの手を握り締めた。
「おめでとう、君の勝ちだ」

 シザースが敗北を認めたその瞬間、シザースのスターデッキは粉々に崩れ去った。
「スターデッキが…」
「もうオレには必要ないものだ。これからはハサミを使わずに、正々堂々と戦うよ」
 蟹江シザースは、ユウキとの戦いで完全に更正したようだった。


 キ―――――――――――――――――――――――――――――――ン

「なんだ、この耳鳴りは?」
「この音は、オレにスターデッキを渡したやつが来たときの登場音!」

「デュエルスター・シザースは敗れた。これで残りのデュエルスターは12人」
 どこからともなく、くぐもった低い声をしたコート姿の男がやってきていた。
「お前はいったい、何者だ?」
「気をつけてください、ユウキさま!」

 デュエルスター・シザースとの戦いにからくも勝利した新城ユウキの前に、
 突如として出現した謎の男。果たして彼の正体は……

 つづく


 次回予告
「最後に生き残るデュエルスターはたった一人だ。戦え!」
 デュエルスターの戦いは終わらない。
 だが、日本のデュエルスペースの平和を乱すのは何もデュエルスターだけに限らない。
 海の向こうから、とてつもなく恐ろしい怪物が日本にやって来た!!

 問答無用の1ターンキルを防ぐ方法は果たしてあるのだろうか?

次回 「デュエリスト全滅!?野獣ボブ・タップ日本上陸!!」


 デュエルスターのコンボ講座

 第2回 「ディバイドコンボ」

 まあ、本編でやってたことと大差はないのですが。

 まずは分割カードを用意してください。ハサミでもカッターでもなんでもいいから、
 相手に分からないように、手札の分割カードを二つに切ってください。
 んで、そしらぬ顔して2枚まとめて使いましょう。2枚ぶんのコストを払うことは忘れずに。

 このとき、遠近法をうまく使えば相手はカードの大きさが違ってることに気付きません。

 あらかじめ切っておいたカードをスリーブの中にいれておくのもいいでしょう。



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