第2話 決闘開始!戦わなければ生き残れない?
 
 

 OP「デュエルスター吼えろ」

 カード! 飛びかかれ!
 カード! 喰らいつけ!
 カード! カード! カード!

 デュエリストの魂と魂が、今タップし合う
 メタをとぎすませ 眠れる力がアンタップ
 気高いアップキープをあげろ
 デュエルスペースの命、守るために

 カード! もっと カード! 強く
 デュエルの星 デュエルスター
 カード!吼えろ!!
 
 

「待て、僕のカードを返せ!」
「あなたもしつこいわね。うんざりするわ」
 少女の影から漆黒の甲冑を身にまとった戦士が現れる。
「今度は、プレイヤー本人に直接とどめを指してあげる」

 少女は一枚のカードをかざす。
「トリックコンボ」
 黒騎士は幾人にも分裂し、ユウキを包囲する。

「死ねっ!」

 黒騎士の斧が、剣が、槍が、ユウキの身体をずたずたに引き裂いていく。

「うわあっ!!」

 気がつくとユウキは布団の中から跳ね起きていた。
「なんだ、夢か…」
 いつもと同じ自分の部屋だった。好きなアニメのポスターとか、
 好きなゲームのキャラクターのフィギュアとかが所狭しと並んでいる、
 ごく一般的な高校生の部屋だ。
 ただ1つ昨日までと違うのは、机の上においてあるデッキから、
 カードが1枚足りなくなっているということだけだった。
 黒騎士を操る謎のデュエリストとの戦いに敗れたユウキは、アンティとして
 <セラの天使>のカードを奪われてしまったのである。
「ボクの天使は、絶対に取り戻してみせる」
 あのカードこそ、ユウキをマジックの世界へと導いたものであり、
 ユウキの最も愛するカードであり、
 マジックを教えてくれた少女との間に残された、唯一の絆なのである。
 

 その日の放課後になるとすぐに、
 ユウキは町じゅうのデュエルスペースを回ってみることにした。
 あの女子高生が強いカードを集めているとしたら、強いデュエリストを求めて、
 どこかのデュエルスペースを荒らしに行くに違いない。

「すいません、ここに女子高生のお客さんが来ませんでしたか?」

「いや、うちにはそーゆー客層はめったに来ないねえ」

 思いつく限りの店を回って見たが、期待した返答はなかなか得られない。
 こんな日本のどこかの地方都市でもマジックは大ブームらしく、
 デュエルスペースは信じられないほど無数に存在する。
 それらをしらみつぶしにあたっていくのは、
結構大変なことだったのかとユウキも思い始めていた。
「どこにいるんだ、あの子は…? というか、ボクはどこにいるんだ?」
 ユウキは懸命になって町中を駆け回ってみたが、
 それらしい少女の話を聞くことはできなかった。

「この辺に、もう1件あったはずなんだけどな…」
 足を伸ばすうち、ユウキはどこを通ってきたのかも忘れ、
 気がつけば見知らぬ路地へと足を踏み入れていた。
 まったく人の気配のない暗い道の両側には、ゴミが散乱している。
 ユウキはそのゴミの正体に気付いて、思わず立ち止まった。
「これは…!」
 見れば、それらは捨てられた土地カードやコモンカードだった。
 マジックのカードは4か月おきに新しいカードセットが発売される。
 一般に公式のマジックの大会では、発売を開始してから2年以内のカードのみ、
 使用できるという決まりになっている。
 このため、マジックを続けようとする子どもたちは否応にも、
 新しく発売されるカードを買い続けなければならないのだ。
 そして、古くなったカードは公式大会では使用できないために、
 クズ同然のように捨てられるのである。
「ひどい…、同じカードなのに、
 価値がなければこんな風に紙くず同然に捨ててしまうなんて」
 ユウキはマジック・ザ・ギャザリングの大繁栄の影で、
 このような情け容赦のないカード廃棄が行われていることを思い、胸を痛めた。
 筆者の生まれる数10年前、あるいは子ども時代にも、
 仮面ライダーチップスやビックリマンチョコなどが、
 おまけのカードやシールだけをぬいてお菓子の部分は捨てられてしまい、
 社会問題となったことがあった。
 しかし、いま実際に捨てられているのはカードそのものなのだ!

「カードの気持ちがわかるようじゃのう、おぬし」
 突然、ユウキは背後から声をかけられた。
 あわてて振り向いて見れば、小柄な老人がいつの間にかそこにいるではないか。
「いや、別にそんなわけじゃ…」
「カードの気持ちを知ることは、デュエリストの基本中の基本じゃ。
 デュエリストはカードと心を合わせて戦うもの、
 カードの気持ちを知らずして、何が真のデュエリストであろうか」
 老人の言うことはあまりよくわからなかったが、ユウキはふんふんとうなづいてみせる。
「ところでおじいさん。ここは…?」

「カードの墓場じゃよ」
 老人は眉一つ動かさずに言った。
「ここには、都会の喧騒の中で無残に捨てられていったカードたちが
 成仏することもできずに、怨念となって吹きだまっているのじゃ。
 おぬしは、大変な場所に迷い込んできたのう」
「そんな!どうすれば帰れるんですか!?」
「まあ、ついてきなされ」
 老人は見かけによらず達者な足取りで歩いていく。ユウキもその後にしたがった。

「これは…?」
 路地の突き当たりに来たところで、ユウキはやたらケバケバしい看板を見つけた。
 『カードショップ・GOKURAKU』とある。
「わしの店じゃよ。せっかく来たんじゃ、あがっておいで」
「はあ…」
 店の中は薄暗く、まるで古い駄菓子屋を思わせるようだったが、
 売っているものはすべてマジック関係の商品で占められていた。
 ホームランドやアラビアンナイトといった古いセットが、
 まだBOXのままほこりをかぶって置いてあったり、
 小学生にサーチされぐちゃぐちゃになっているパックが乱雑に散らばっている。
 デッキカウンターやカードホルダーなどのアクセサリまで
 ちゃんとそろっている。
「あ、こんなところに今や貴重品のアライアンスやリバイズドまで!」
 ユウキは目を輝かせる。
「でも、こんなところに店を出して、おじいさんは儲かっているんですか?」
 ユウキはつい素直な疑問を口にしたが、老人は怒った様子もなく、
 かえって自信満々に答えた。
「この店はわしの道楽でやっておる。わしの気に入った者だけを店に入れ、
 わしの決めた値段で売る。金なんぞ関係ないわい」
「ということは、もしかしてボクは…?」
「調子にのるでない、気まぐれということもある」
「そ、そうですか…」
 ユウキががっかりするのを見て、老人は不意に笑った。
「まあ、せっかくじゃから何か買っていくといい。少し割引してやろう」
「やった!」

 それからしばらく、ユウキは店の品物を物色していた。
 シングルカードの並んだガラスケースをじっと凝視していたかと思えば、
 あーでもないこーでもないとブツブツ独り言を続けている。

「いったい、何を探しておるんじゃ?」
「強いカードを探してるんですけど……」
「ほう、いったいどうしてかね」
「すごく強い女の子のデュエリストがいて、その子に勝ちたくて…」
 ユウキは昨日の出来事を老人に語った。

「それで、勝つための強力なカードを探しているというわけじゃな」
「そうなんです」

「バカモノ!!」

 店内を揺るがすほどの老人の声に、ユウキは驚いてしりもちをつく。

「マジックの戦いは、カードの強さではなくデュエリストの強さで決まる。
 自らを鍛えず、強いカードに頼って勝利を得ようなど、
 まったくもって愚かなり!!
 おぬしからカードを奪ったというその女デュエリストもまた、
 強いカードを集めているということだが、
 おぬしのしていることは、まさにそれとかわらないではないか!!」

 老人は店の奥からハムスターの入ったかごを持ってきて、脇に置いた。

「強力なカードが持っていれば、相手はそのカードに対抗するために
 さらにより強力なカードを持ってくるじゃろう。
 そしてまた相手に対抗しようとまたその上のカードを持ってくる。
 そんなことを繰り返して、いったい何になる?
 それは血を吐きながら続ける、悲しいマラソンじゃよ…」

 淡々と語る老人の横では、ハムスターが延々と終わることのない運動を続けている。
 強いカードの応酬を繰り返すだけでは、
 それはかつて米ソで行われた兵器開発競争と、何の違いもない。
 ただ強いカードを持って相手を屈しても、相手はまた負けずに向かってくるだろう。
 そんなことの繰り返しは、
 ハムスターがいつまでたっても滑車を昇ることができないのと同じで、
 永遠にゴールのないマラソンを、血を吐きながら続けていることと、
 何のかわりもないのだと。
「何となくだけど、兵器の開発競争がよくないということは分かりました」
 ちょっとずれているが要点だけはユウキも理解できたらしい。
「カードに頼らず、自分の力で勝てるようにがんばってみます」
「それが何よりじゃ」
 老人は満足げな笑みを浮かべた。

「ここからまっすぐ行って、突き当りを右に曲がれば通りに出る。
 気をつけていくのじゃぞ」
 老人は店の入り口まで出てきて、ユウキを見送った。
「ありがとう。おじいさん」
「なあに、気にするな。せっかくだから、これをお前にやろう」
 そう言って老人がユウキに手渡したのは、黒いデッキケースだった。
「いいんですか?」
「ああ、店に来たお客さんには、みんなにプレゼントしておる」
 その言葉で安心したユウキは、そのデッキケースをよく確かめもせず、
 カバンの中に詰め込む。
「ありがとうございます」
「がんばるんじゃぞ」
「はい。それじゃ、お世話になりました」

 去っていくユウキに向けて、老人が叫んだ。
「真実は一つじゃ。まやかしに囚われることなく、心の目で見れば、
 きっと真実が見えるはずじゃ!!」
 

「う〜ん、思わぬところで道草を食っちゃった」
 馴染みの通りに戻ってきたユウキは、再び謎の女デュエリストの捜索を開始した。
 今度はデュエルスペース以外にも、トレーディングカードを売る店、
 例えばアニメショップなども当たってみることにした。
 早速、手近な店に入っていく。
「すいません、ここに黒騎士とつれた女子高生は……」
「うーん、アニメのトレカを買いに来る女子高生も結構いるけど、
 どんな制服だったか覚えてる?」
「えっと、確か…青いスカートに赤いリボンに黄色の…あっ!」

 ユウキは何かに気づいたらしく、大急ぎで店を出て行く。
「つーかそれ、ウチの制服じゃん!!」

 ユウキの通っている東京星馬高校の制服は、
 女子は各パーツがガンダムみたいな配色のセーラー服で、
 男子はザクみたいな緑基調のブレザーという微妙なデザインである。
 割とカッコいいかもしれないね。

「いた!」
 ユウキがそのまま学校に引き返してくると、まさに探していた少女が、
 校門から出ようとしているところだった。
「あっ、またあなた?」
「ぜいぜい…、やっと…、見つけた。カードを返してもらおうと思って」
 走りっぱなしで汗だくになりながら言ってくるユウキに、少女はうんざりした様子だ。
「あなたもしつこいわね」
「カードを返して」
「いやよ」
「返して」
「嫌だって言ってるじゃない!」

 2人の問答は、下校中の学生たちの注目を浴びまくっていた。
「なんだなんだ?痴話ケンカか?」
「いいぞいいぞ、もっとやれー」
「熱いね〜おふたりさん、ヒューヒュー」
 そんな野次馬のガヤに、ようやく2人も気がついたようだった。
「とりあえず、この場所であなたと言い合う気はないから」
「そ、そうだね…」
 2人はそそくさと場所を移動した。
 その時だが、ユウキの耳に外野のなかの誰かの声が聞こえた。

「あの黒宮サキに、話しかける相手がいるなんて…」
「ああ、あんなヤバイ女に近づくやつはどうかしてる」
 

 下校中の他の生徒たちを追い越しながら、二人は早足に歩いていく。
「とりあえず、同じガッコの生徒に会わないところまで行きましょう」
「それなら!」
「あっ!」
 ユウキはサキの手を引っ張って、デパートの中に入った。

「このデパートにもウチの生徒は結構来ていると思うけど、ここには来ないでしょ」
 ユウキが案内したのは、3階のベビー用品売り場だった。
 確かに高校生には縁のない場所だ。
「人気のないところにいくと、また黒騎士を呼び出されるしね」
 ユウキの指摘に、サキはしまったという顔をした。
 この売り場には赤ん坊をベビーカーに乗せた若い夫婦が何組もいる。
 ここで黒騎士を召喚すれば、大騒ぎになってしまう。
「考えたものね」
「でしょ?」
 ユウキは少し笑って見せた。

「さっき、野次馬の人たちが言ってるのを聞いた。君が、黒宮サキさんだって」
 ユウキは、恐る恐る聞いた。
「そうよ、私がその悪名高い黒宮サキよ」
平和で校内暴力も表立ったいじめもない星馬高校にて、ただ1人の素行不良の生徒。
 それが彼女、黒宮サキだった。
 暴力沙汰数回、生徒だけでなく教師も多数被害にあっている。
 また、器物破損などの常習犯でもある。
 だが、親が金持ちであり、学校に多額の寄付を行っていることから、
 学校からは黙認されているのだ。

「私の噂を知ってるなら、私に近づかない方が賢明ね」
「いや、あまり詳しくは知らないけど、そんな悪い人には見えないなあ…」
「知ったような口を聞くのね」
「いや、別にそういうわけじゃなくて…、ごめん」
 2人の間に沈黙が流れたが、先に口を開いたのはユウキだった。

「黒宮サキさん。もう一度、ボクとデュエルして欲しい。
 そしてボクが勝ったら、カードを返してくれ」
 サキはフンと鼻で笑う。
「無駄ね。普通のデッキじゃスターデッキには勝てないわ。
 それに、あなたのデッキには<セラの天使>以上に価値のあるカードはないわ。
 私が勝っても何の得にもならない」
「そこを何とか、頼む。もう一度だけ勝負して!」
 ユウキは床にひざをつき、土下座の姿勢に入ろうとする。
「そんなことをしても無駄よ」
「お願いします!」

「あらいやだ、あの子たち一体何してるのかしら?」
「あの2人はカップルなのかしら?」
「2人でベビー用品売り場にいるんですもの、きっとそうでしょう」
「この近くの高校の制服じゃない?まさか10代で赤ちゃんってことなの?」

 周囲のひそひそ話がようやくサキの耳にも聞こえてきて、サキは真っ赤になった。
「ちょっと!誤解されてるじゃないのよ!!」
「えっ?」
 キョトンとした顔で、周囲を見回すユウキ。なるほど確かに遠巻きに買い物中の
 奥さま方が興味津々な目つきでこちらを見ている。
「いいわよ、勝負でも何でもしてあげるわよ!」
 とにかくこの場から離れたかったサキは、ユウキの申し出を承諾するしかなかった。
「よし、そうと決まったらさっそく行こう!」
 これもユウキの作戦のうちだった。
 

 コールドホームこと「家さぶ」のデュエルスペースは、不気味な静寂に包まれていた。
 それまでにぎやかに遊んでいた子どもたちは、
 ユウキといっしょに店に入ってきた黒宮サキの姿を見て震え上がった。
 昨日の一件で、皆この少女を恐れているのである。

「場所はここでいいね」
 と、ユウキはサキを隅のテーブルへと案内する。
「勝負は一度だけよ」
「ああ」
 面倒そうにデュエルの準備を始めたサキだったが、
 ユウキの取り出したデッキケースを見て、驚きの声を上げる。
「そのデッキ、まさかあなたもデュエルスターなの!?」
「えっ?」
 ユウキはさっきの店でもらったデッキケースを
 なにげなくテーブルの上に置いただけだったのだが、
 今になってようやくそのデッキケースに星のマークが描かれているのに気づいた。
「なるほど、あなたも本気で戦うというわけね」
「いや、これは…さっきもらっただけで」
「スターデッキをどこで手に入れたのかなんて、どうでもいいことだわ。
 早く始めましょう。デュエルスター同士の戦いを!」
 サキの影がにゅっと伸びて、黒騎士が姿を現した。
 今やサキの目はこれから始まるであろう残酷な戦いを前にして、
 喜びに満ちた危険な光を放っている。
(どうする…?)
 ユウキはスターデッキのデッキケースを開けて、
 中のカードをさっと見回した。
 確かに、中のカードはみんな、マジックの歴史の中でも群を抜いて強力で、
 その圧倒的な力のために公式大会では使用を禁じられた、
 いわゆる“封印されたカード”ばかりである。
 確かに、これらのカードで構成されたデッキを使用すれば、
 最初の手番で相手のライフを0にするような、伝説の“1ターンキル”も
 十分可能である。
(あのおじいさんは、なぜボクにこのデッキをくれたんだ…?)

 ユウキは老人の言葉を思い出す。
「強力なカードが持っていれば、相手はそのカードに対抗するために
 さらにより強力なカードを持ってくるじゃろう。
 そしてまた相手に対抗しようとまたその上のカードを持ってくる。
 そんなことを繰り返して、いったい何になる?
 それは血を吐きながら続ける、悲しいマラソンじゃよ…」

「そうか、力に力で対抗してはダメなんだ。
 カードの力に頼って、相手を倒しても、それは何の解決にもならない」

「何をする気なの?」
「こうするのさ!!」
 ユウキはそれらの超強力カードの束を脇にどけ、自分の愛用のデッキを、
 スターデッキのケースの中に収めた。
 星のマークがきらめき、スターデッキから『登録完了』の声が聞こえた。

「デュエルスター・ユウキ!決闘開始します!!」

「アハハハ、自分でデッキの中身を交換するなんて、
 頭でもおかしくなったのかしら? そんなカードじゃ、
 わたしのスターデッキには勝てないわ!」
 サキは漆黒のスターデッキを掲げ、中に黒騎士のカードをセットした。

「デュエルスター・ナイト、私を夜の闇に包め!」

 店内の照明がショートし、ブラインドが勝手に閉まる。
 どこからともなく黒い霧が店内を覆い、デュエルスペース内は小パニック状態となった。

「どうも、大変なことになったな」
 店のおやっさんも心配になってやってくる。
 そうして大勢のギャラリーが見守る中、ユウキとサキの対決が始まった。

「まだクリーチャーと契約していないのね?
 ただのブランクデッキで、わたしが倒せるとでも思うの?」
 サキは昨日と同様、黒騎士を召喚してみせる。
「もうその手は食わない!」
 ユウキの手から離れたカードが、黒騎士の上に張り付いた。
 エンチャント・クリーチャーの<寄せ餌>だ。

「そんなチンケなカードに、いったい何ができるというの?
 さっさと決めるわよ、トリックコンボ!!」
 黒騎士のカードが多重に分裂する。昨日のデュエルの再現である。
「さて、どれが本物かしら?」
「甘いよ、カードをよく見てみなよ!」
 無数に群がる黒騎士の一枚だけに、<寄せ餌>がエンチャントされていた。
「何ですって!こ、これは!!」
「君がいくら黒騎士のカードを分身させて見せても、オリジナルは1つだけ!
 その1つに印をつけてしまえば、本物を見破ることは簡単だ!!」
「くっ!でも、これならどうかしら?」
 黒騎士のカードが超スピードで卓上を舞う。その素早さに、ユウキも観客も、
 黒騎士の姿をおうことができない。
「これでは、ブロックを指定することもできないわね。さあ、やっておしまい!」
 宙を舞っていたカードの群れが、ユウキに向かっていっせいに飛んでくる。

「<寄せ餌>の効果は、ブロックを強制すること。
 すなわち、ボクのクリーチャーは<寄せ餌>のついている黒騎士を、
 自動的にブロックできるんだ!」
 ユウキの防御用クリーチャー、<花の壁>がオリジナルの黒騎士を受け止める。
 <花の壁>は攻撃に耐えられずに破壊されたが、プレイヤーであるユウキには、
 ルール上ダメージはない。

「それで勝ったつもりなの?甘いわっ!!」
 ブロックされた一枚を除くすべての黒騎士は、
 プレイヤーであるユウキに向かってまっすぐに飛んでくる。
 ユウキはとっさに顔をかばったが、手や肩などにいくつもの傷を負う。
 デュエルスター同士の戦いは、プレイヤーの命と精神を削る戦いなのだ。
「なんだ、これ…、本当にダメージを受けるなんて…」
 ユウキのライフは残り2点、満身創痍である。
「ハァハァ、どう?降参する気になったかしら」
 そう言いながらも、サキ自身もまた急激に消耗しているようにも見えた、
 おそらくスターデッキの力を使うたびに、莫大な精神力を消費しているのだろう。
 額からでた汗で前髪がへばりついて、普段は美人で通りそうな顔も、
 今は幽鬼のように恐ろしい。
(オリジナルの攻撃は防いだ。残りはみんな幻のはずなのに…なぜだ!?)
 ユウキは呼吸を整えながら必死で考えていた。
 10体に分裂した黒騎士のうち、オリジナルであろうと思われる1体は、
 確かにブロックを行った。
 ところがどっこい、残り9体の黒騎士はそのまんまユウキにダメージを与え、
 ユウキのライフは残り2点となったのだ。
「くっ…ダメなのか、あの分身の術を破る方法はないのか!?」

 絶望に打ちひしがれそうになったその瞬間、
 カードショップGOKURAKUでの、老人の言葉が再び聞こえた気がした。
「真実は一つじゃ。まやかしに囚われることなく、心の目で見れば、
 きっと真実が見えるはずじゃ!!」

「そうか!心の目だ!!」
 ユウキは静かに目を閉じる。
「あのくたらさんみゃくさんぼだいあのくたらさんみゃくさんぼだい…」
 ユウキの突然の行動にサキは少し驚いたようだったが、
 あまりに無防備なその姿に、観念したものと勘違いした。
「次のターンの攻撃で終わらせてあげる!」

「大変だ、ユウキがやられる!」
「今度こそ黒騎士に殺されちゃうよ!」
 観客の子どもたちが口々に騒ぎ出した。
「みんな、落ち着け!」
 店長の一言が、観客の興奮を押さえつけた。
「あいつは決してこんなところであきらめるやつじゃない!」
 店長だけは落ち着いて二人の対決を見守っている。
「みんなで、ユウキの勝利を信じるんだ!」
 

(感じるんだ、まやかしに囚われてはいけない…!
 心の目なら、きっと真実が見えるはず…)
 肉体的・精神的に疲弊し、ある意味で極限状態にいたためか、
 それともスターデッキの力なのか、
 目を閉じていたユウキのまぶたの裏側に、
 目を開けているときと同じ景色が広がってきた。
(これが、真実の目か…、まさかこんなに簡単にできるなんて思ってなかったな)
 感慨にふける間もなく、ユウキの視線は卓上の黒騎士に向けられた。
 1度攻撃を行った黒騎士たちは、タップ状態で今は卓上で小休止中だ。
(本物だけが、この目に映るはず)
 だが、結局ユウキの心の目に映ったのは、大量の黒騎士のカードだった。
(普通に見てるのと変わってじゃん!)
 真実の目だろうがなんだろうが、見ているものは変わらないらしい。
(まてよ、真実の目で見ても見えるということは……!)

 ユウキがかっと目を見開いた。
「トリックコンボ、破れたり!!」
「何ですって!」
「この黒騎士は分身してるわけでもなければ、幻覚でもない、
 すべて本物の黒騎士なんだ!!
 そうと分かれば、場のクリーチャーをまとめて一掃すればいい!!」

「なるほど、そうだったのか!」
「あれは分身の術じゃなくて、始めから10枚の黒騎士だったのか」
 観客たちも口々に納得する。
「でもそれってズルって言うんじゃ…」
「いや、デュエルスターの戦いには、ズルも卑怯も禁止カードもないんだろう。
 マジックの黎明期、公式ルールが作成される前は、
 どこでもそんな何でもありの無法地帯だったと聞く。
 デュエルスターの戦いは、カードゲームという知的バトルに名を変えた
 現代の戦争なんだ。と、ネットで言ってた」
 店長は聞きかじりの知識を適当に子どもたちに聞かせていた。
 そしてまたこれが子どもたちの中で間違った形で噂が流布されていき、
 誤ったデュエルスター像が世間に反映することになるのだが、
 それはまた別の話。

「<神の怒り>よ、すべての生物を埋葬せよ!!」
 ユウキの好む白カードを代表する優秀なクリーチャー除去呪文、<神の怒り>は、
 場に出ているすべてのクリーチャーを問答無用で墓地に送る。
 いくら黒騎士が無数に存在していても、カードで“すべて”と指定されてしまえば、
 1枚でも10枚でも1億でも1不可思議でも、
 カードの効果から逃れるすべはない。
 ユウキの強力カードが、敵味方を問わずすべてのクリーチャーを吹き飛ばす。
 場に出ていた10体あまりの黒騎士が一瞬にして消え去った。
「何ですって!わたしのナイトが…!!」
 トリックコンボに絶大な自信を持っていたのだろう、サキは呆然として
 墓地に落ちていく黒騎士を眺めていた。

「よし、今から反撃だ!」
「もういいわ、わたしの負けよ…」
 ユウキの反撃宣言で正気にかえったサキは、そう言っておもむろに立ち上がる。
「黒宮さん…いいの?まだ負けたと決まったわけじゃないのに」
 サキは何も答えずに、ただ黙ってユウキにカードを投げ返した。
「うわっと、もっと優しく扱ってよ!」
 そう抗議しつつも、ユウキは手元に戻った<セラの天使>を眺めて、
 ほっとひと安心した。

「今日はちょっと調子が悪かっただけ、次は必ずあなたの息の根を止める。
 覚悟しておくことね!」
 そう捨てゼリフを残すと、サキは黒騎士を召喚し、その馬にまたがって去っていく。

「いったい何なんだ…」
 サキの後姿を見送りながら、店長ことおやっさんは1人腕組みする。
(これだけで彼女が諦めるとは思えない。ユウキ君がデュエルスターになった以上、
 彼女もまた再び戦いを挑んでくるに違いない。
 そして、彼女以外にもまだまだたくさんのデュエルスターがこの日本にいるんだぞ!
 どうするつもりだ、新城ユウキ君!)

 その当人は、仲間に囲まれてつかの間の勝利を喜んでいた。
 昨日からデュエルスペースを覆っていた暗い雲が、今ようやく晴れたのだ。
 しばらくはまた平和な日々が来るだろう。
(今は素直に勝ったことを喜ぼう!おめでとう、ユウキ君!)
 

 次回予告
「ユウキさま!」
「え、君はだれ?その羽はいったい、もしかして君は…!」
「わたくし、ユウキさまの契約クリーチャー、天使のセーラでございますぅ!!」
「ええ〜ッ!!」
「さあユウキさま。わたくしと一緒に、デュエルスペースの平和を乱す、
 悪のデュエルモンスターを退治しましょう!」
「わ、ちょっと、強引な…」

 次回 デュエルスター☆ユウキ
 第3話 「悪の名はデュエル“モン”スター」


 デュエルスターのコンボ講座

 第1回 「トリックコンボ」

 まず、黒騎士(別にほかのクリーチャーカードでもいい)を10枚ほど用意します。

 そしてデッキを適当にシャッフルしたら、
 相手に分からないように、デッキのうえに黒騎士を10枚のせてください。
 ゲームが始まったら、そしらぬ顔して10枚+7枚を引いてください。

「黒騎士、しょうか〜ん」

 このとき、10枚の黒騎士を重ねていっぺんに置きます。
 ほら、真上からだと、黒騎士は1枚しかないように見えますね。

 そしていよいよ「トリックコンボ!」と大きく叫んでください。

 重ねていた黒騎士を一気に広げましょう。ほうら、黒騎士が何人にも増えました。


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